本格的に暑くなる前に,とにかく屋外の観光施設の訪問にいそしむ5月の週末.2週間に一度のルールに則ってレンタカーを借り,この週末はローマ近郊を旅することに決める.TivoliのVilla Adoriana(ハドリアヌスの別荘)は夏場はきついらしいので,今のうちに行っていこうを考え,Tivoliに向かうことにした.2週間前は凍えるような寒さの中AssisiとPerugiaを廻ったが,それがうそのようなやや暑い日々だ.
Tivoliはローマの東北東方面にあり,都心部からはそんなに遠くない.Termini駅付近が起点となっているA24号線でL'Aquia方面に向かい,環状高速GRAを超え,A1号線とぶつかった直後のインターで降りると,もうVilla Adorianaの近くだ.自宅から1時間はかからない.ローマの道にもだいぶ慣れたものだ.
無事Villa Adorianaに到着.ここは2世紀のローマ皇帝ハドリアヌスが,帝国の防衛のために各地を精力的に視察している間に,感銘を受けた各地の景観を再現しようとして建築した別荘らしい.自身は視察ばかりで,視察先で亡くなっているので,あまり滞在していないのではないだろうか? 他のローマ時代の遺跡と同じように次第に打ち捨てられ,破壊され,近年になって発掘された場所だ.至る所で修復工事がなされていて,入れなくなっている箇所もある.また来いということだろう.
入場料は一人10ユーロ.券売所で「Due Adulti, due Bambini!」と伝える.子供は無料だと思っていたが,「Nationality?」と聞かれ,正直に「Giapponesi」と答えると,「子供も同額です」とのつれない答え.全員で40ユーロか...「無料の地図は?」と聞くと,つれなく「ないからとなりの売店で買って」と言われる.これでつまらなかったら承知しないからな.
このVillaの遺跡としてもイメージは先日行ったOstia Anticaに近い.自然の中に部分的に残されている石造の建築物.どこにでもある浴場跡,劇場跡.Ostia Anticaは平坦だが,こちらは山の斜面上にあるので起伏がある.ちょっとしたハイキングだと思えばいい.ハイヒールは禁物です.緑は多いのだがコース上に日陰は少ないので,やはり夏場の見学はお薦めできない.
入場してから最初の見学ポイントまでしばらく上り坂だ.誘導サインがないから道があっているのか不安になる.いずれ城壁のようなものが見え,その直前にある小さい小屋に,Villaの復元模型があるので,これを是非確認したい.続きは次回.
私,仕事の都合で1年間弱ローマに滞在することになりました.今までブログをやっている時間はまったくと言っていいほどなかったのですが,この際ローマで経験したことを記録として残しつつ,現地の最新情報を提供できればと考え,初めてブログに手を出してみました.
2010年5月31日月曜日
2010年5月29日土曜日
Scuola in Festa
水曜日に,テルミニ駅近くのVittorio Emanuele 2世広場でScuola in Festaというイベントがあった.その名の通り学校の生徒のためのイベントのようで,ローマ市主催で例年5月末に開催されるようだ.交通安全のコーナーなど多くのテントが設営されており,なかなかの賑わいであった.
このFestaで,ローマ日本人学校がゲストとしてステージ上で踊りを披露することになっていた.小学部1~2年が日曜日の運動会で踊った火炎太鼓,中学部がやはり運動会で踊ったよさこいソーラン節を披露する.ステージが大きくないので,かわいそうなことに小学部3~6年は学校に残って通常授業.と言うわけで我が家は次男のみの登場だ.
ローマの公衆の面前で子供が踊るのはなかなか見られないので,午前中だけ仕事をさぼって見に行った.予定では10時半に登場だったのだが,市長が11時過ぎに登場することになり(もともと予定されていたかも不明),思いっきり時間が後ろにずれる.イタリア在住歴が長い方にとっては「まあいつものことですよ」というだけだが,炎天下で待たされる身にもなって欲しいところだ.
結局,市長や日本大使の挨拶後の11時半頃に日本人学校チームが登場.どちらも大変立派に踊っていた.市長達が登場する前にいくつかのグループが合唱を披露していたが,これは前座だったようで,舞台上の動きが少ないこともあり,全然盛り上がっていなかった.しかし,日本人学校チームが躍動感あふれる目新しい演技を披露したので,一気に盛り上がったような気がする.その後のポーランドチームの動きの少ない民族舞踊が地味に見えてかわいそう.
その後すぐにオフィスに向かったので,結局このFestaをじっくりと見ていない.面白かったのは,入場する市長の後からプラカードを持った抗議団体がくっついてきて,市長の挨拶の時にシュプレヒコールを浴びせていた.こんな場でやるなんて大人げない.でも,子供達はそんなことに関係なく市長に拍手を送っている.市長の退場後にも,拡声器を持った初老の男が執拗に追いかける.なんだかFestaよりもそちらの方が面白かった(笑).
このFestaは毎年行われているらしいが,日本人学校は今年初めて招待されたらしい.ローマ市長と高校生が広島に招待されたことの返礼として実現したものらしい.6月は現地小学校との交流イベントもあるし,こういう草の根交流は,日本文化と日本人をよく知ってもらうためにできるだけたくさん行ってもらいたいものだ.
このFestaで,ローマ日本人学校がゲストとしてステージ上で踊りを披露することになっていた.小学部1~2年が日曜日の運動会で踊った火炎太鼓,中学部がやはり運動会で踊ったよさこいソーラン節を披露する.ステージが大きくないので,かわいそうなことに小学部3~6年は学校に残って通常授業.と言うわけで我が家は次男のみの登場だ.
ローマの公衆の面前で子供が踊るのはなかなか見られないので,午前中だけ仕事をさぼって見に行った.予定では10時半に登場だったのだが,市長が11時過ぎに登場することになり(もともと予定されていたかも不明),思いっきり時間が後ろにずれる.イタリア在住歴が長い方にとっては「まあいつものことですよ」というだけだが,炎天下で待たされる身にもなって欲しいところだ.
結局,市長や日本大使の挨拶後の11時半頃に日本人学校チームが登場.どちらも大変立派に踊っていた.市長達が登場する前にいくつかのグループが合唱を披露していたが,これは前座だったようで,舞台上の動きが少ないこともあり,全然盛り上がっていなかった.しかし,日本人学校チームが躍動感あふれる目新しい演技を披露したので,一気に盛り上がったような気がする.その後のポーランドチームの動きの少ない民族舞踊が地味に見えてかわいそう.
その後すぐにオフィスに向かったので,結局このFestaをじっくりと見ていない.面白かったのは,入場する市長の後からプラカードを持った抗議団体がくっついてきて,市長の挨拶の時にシュプレヒコールを浴びせていた.こんな場でやるなんて大人げない.でも,子供達はそんなことに関係なく市長に拍手を送っている.市長の退場後にも,拡声器を持った初老の男が執拗に追いかける.なんだかFestaよりもそちらの方が面白かった(笑).
このFestaは毎年行われているらしいが,日本人学校は今年初めて招待されたらしい.ローマ市長と高校生が広島に招待されたことの返礼として実現したものらしい.6月は現地小学校との交流イベントもあるし,こういう草の根交流は,日本文化と日本人をよく知ってもらうためにできるだけたくさん行ってもらいたいものだ.
2010年5月27日木曜日
電気店を探すのが難しい
日本の,特に東京圏に住んでいると,駅前や郊外で簡単に大規模な電気店を発見することが出来る.最近はヨドバシカメラ,ビックカメラ,ヤマダ電機が覇権を争っていて,家電の値引き合戦がものすごい.ある商品を買おうと思えば,何店も廻って価格を比べながら購入することができる.二ヶ月前までは確かにそんな生活をしていた.
しかし,ローマに来てからは電気店を探すのに,本当に苦労している.アパートに入居当初,たこ足プラグとLANケーブルを探していて,結局街中で見つけることができず,結局郊外の大規模ショッピングセンターで購入した.
次は無線LANのアクセスポイント.車がないので街中でコンピューターショップがないかインターネットで探すも,なかなかに難しい.英語で"computer shop rome"と検索を掛けても当然引っかからない.オーストラリアのRomeという小都市の店が引っかかる! そこでイタリア語辞典で店がnegozioであることを調べて,"Roma computer negozio"で検索すると,いくつか出てきた.場所が特定できたお店は郊外ではないが電車バスを乗り継いでいかなければならないようなところだった.それでも行ってみると,商品はカウンターの奥にあって,番号札を引いて受け付けてもらわなければならないようだ.幸い英語が通じて助かったが,外国人にはなかなかに厳しい環境だ.しかし,幸い商品の取扱説明書は英語である.イタリアはマーケットが小さくてイタリア語にするほどでもないのだろうか.
次は,快適にSkypeをやるためのヘッドホンとマイクを購入.これもどこにでもありそうだが,通勤経路の付近では電気店をほとんど見つけることが出来なかったので,あきらめて結局郊外の大規模ショッピングセンターで購入.といったように,それなりの品揃えが期待できる(それでも全然少ない)電気店は押し並べて郊外の大規模ショッピングセンターの中にあるようだ.それにしてもイタリア人はどうやって家電製品を購入しているのだろうか.もう少し試してから,同僚に聞いてみたいと思う.
今度買う必要がありそうなのは電球だろう.もういくつか切れて始めている.我が家の照明は日本のように簡単なソケット形式になっていない.交換にドライバーが必要だ.天井も高い.ちょっと前に入居時から既に切れていた一箇所の交換を試して見たが,おおもとの配線がいかれているようで,電球を交換しても点灯しなかった...
しかし,ローマに来てからは電気店を探すのに,本当に苦労している.アパートに入居当初,たこ足プラグとLANケーブルを探していて,結局街中で見つけることができず,結局郊外の大規模ショッピングセンターで購入した.
次は無線LANのアクセスポイント.車がないので街中でコンピューターショップがないかインターネットで探すも,なかなかに難しい.英語で"computer shop rome"と検索を掛けても当然引っかからない.オーストラリアのRomeという小都市の店が引っかかる! そこでイタリア語辞典で店がnegozioであることを調べて,"Roma computer negozio"で検索すると,いくつか出てきた.場所が特定できたお店は郊外ではないが電車バスを乗り継いでいかなければならないようなところだった.それでも行ってみると,商品はカウンターの奥にあって,番号札を引いて受け付けてもらわなければならないようだ.幸い英語が通じて助かったが,外国人にはなかなかに厳しい環境だ.しかし,幸い商品の取扱説明書は英語である.イタリアはマーケットが小さくてイタリア語にするほどでもないのだろうか.
次は,快適にSkypeをやるためのヘッドホンとマイクを購入.これもどこにでもありそうだが,通勤経路の付近では電気店をほとんど見つけることが出来なかったので,あきらめて結局郊外の大規模ショッピングセンターで購入.といったように,それなりの品揃えが期待できる(それでも全然少ない)電気店は押し並べて郊外の大規模ショッピングセンターの中にあるようだ.それにしてもイタリア人はどうやって家電製品を購入しているのだろうか.もう少し試してから,同僚に聞いてみたいと思う.
今度買う必要がありそうなのは電球だろう.もういくつか切れて始めている.我が家の照明は日本のように簡単なソケット形式になっていない.交換にドライバーが必要だ.天井も高い.ちょっと前に入居時から既に切れていた一箇所の交換を試して見たが,おおもとの配線がいかれているようで,電球を交換しても点灯しなかった...
2010年5月26日水曜日
日本人学校の運動会
先の日曜日,子供達の通う日本人学校の運動会があった.この運動会は,全日制小学校,中学校,補習校(イタリアの学校に通っている生徒を対象に土曜日に日本語を教えている),幼稚園が合同して行っている.5月は天候不順だったが,この1週間くらいは割と安定していい天気だった.この日も朝からかんかん照り.暑い一日になりそうだ.
全日制は40人強,補習校と幼稚園と併せて100人弱といったところだろうか.人数が少ないので,子供達もあっという間に出番が回ってくる.日本の小学校の運動会は,自分の子供の出番がなかなか回ってこなくて,見学する方もなかなか退屈なのだが,こちらではどんどん出番が回ってくるので,写真やビデオを撮るのも結構忙しい.
日本人学校の校庭は天然芝でなかなか心地いいのだが,郊外にあるとは言え,残念ながらそんなに広くはない.短距離走は40mを取るのが限界だ.幼稚園や小学校低学年はこれで十分だが,中学生は明らかに短すぎてあっという間に勝負が決まる.ゴール後の減速エリアも不十分(笑).
行われている競技は日本の運動会と大変似ている.玉入れ,大玉転がし,大玉送りは基本だ.最近はやりのソーラン節もある.ここでは小学3年生から中学3年生までの合同演技だ.ソーラン節の前に,これもおなじみの組み体操が組み込まれている.ローマらしく,フォロロマーノ,コロッセオ,トレビの泉,パンテオン,サンピエトロ大聖堂といったおなじみの名物が出てくる.
小学1年生と2年生の踊りは「祭り」でなかなか激しい.先日まで幼稚園生だった我が子が立派に踊っていて,わずかの間での成長にやや感激する.それにしても全日制は十分に運動会の準備をしたようで非常にきびきびしている.これに比べて補習校はイタリアらしいだらけた(失礼!)雰囲気だ.短距離走ではものすごく早い子がいるのだが,リレーになると非常に弱くて全日制の独壇場.
100名の子供のうち,ざっと4割くらいはハーフの子かもしれない.ということは,イタリア人のお父さんも観戦している.もちろん親子競技や親も参加できる競技があるのだが,あの適当イタリア人とは思えないほど一生懸命にやっている.綱引きのようなパワー系競技は,イタリア人の人数で勝負が決まっていた.
人数が少ないので運動会は午前中で終了する.母親にとってはお弁当を用意しなくて良いので楽だ.人数が少ないから,早く行って場所取りをしなくても良い.近年にない楽な運動会であった.
全日制は40人強,補習校と幼稚園と併せて100人弱といったところだろうか.人数が少ないので,子供達もあっという間に出番が回ってくる.日本の小学校の運動会は,自分の子供の出番がなかなか回ってこなくて,見学する方もなかなか退屈なのだが,こちらではどんどん出番が回ってくるので,写真やビデオを撮るのも結構忙しい.
日本人学校の校庭は天然芝でなかなか心地いいのだが,郊外にあるとは言え,残念ながらそんなに広くはない.短距離走は40mを取るのが限界だ.幼稚園や小学校低学年はこれで十分だが,中学生は明らかに短すぎてあっという間に勝負が決まる.ゴール後の減速エリアも不十分(笑).
行われている競技は日本の運動会と大変似ている.玉入れ,大玉転がし,大玉送りは基本だ.最近はやりのソーラン節もある.ここでは小学3年生から中学3年生までの合同演技だ.ソーラン節の前に,これもおなじみの組み体操が組み込まれている.ローマらしく,フォロロマーノ,コロッセオ,トレビの泉,パンテオン,サンピエトロ大聖堂といったおなじみの名物が出てくる.
小学1年生と2年生の踊りは「祭り」でなかなか激しい.先日まで幼稚園生だった我が子が立派に踊っていて,わずかの間での成長にやや感激する.それにしても全日制は十分に運動会の準備をしたようで非常にきびきびしている.これに比べて補習校はイタリアらしいだらけた(失礼!)雰囲気だ.短距離走ではものすごく早い子がいるのだが,リレーになると非常に弱くて全日制の独壇場.
100名の子供のうち,ざっと4割くらいはハーフの子かもしれない.ということは,イタリア人のお父さんも観戦している.もちろん親子競技や親も参加できる競技があるのだが,あの適当イタリア人とは思えないほど一生懸命にやっている.綱引きのようなパワー系競技は,イタリア人の人数で勝負が決まっていた.
人数が少ないので運動会は午前中で終了する.母親にとってはお弁当を用意しなくて良いので楽だ.人数が少ないから,早く行って場所取りをしなくても良い.近年にない楽な運動会であった.
2010年5月25日火曜日
トレビの泉,パンテオン,ナボーナ広場(2)
パンテオンを出て西に向かう.数分でPiazza Navona(ナボーナ広場)に到着する.ここはローマ帝国時代に競技場があった場所だ.もと競技場だけあって,とても大きな広場だ.多くの絵描きが自慢の作品を売っている.大道芸もたくさん見ることが出来る.ちなみにナボーナ広場に限らず大道芸でよく見るのは,金色の衣装に身を包み仮面をかぶったツタンカーメンもどきだ.あのかんかん照りでは暑くてたまらないだろう.
とにかくたくさんの人がぶらぶらしてる.さすがに人気のある広場だ.ここには3つの噴水がある.その中で最も大きいものが広場中心にあるFontana dei Fiumi(四大河の噴水)だ.17世紀の有名な芸術家のベルルーニによる作品.4つのリアルな人間の彫刻が中央のオベリスクを囲む.オベリスクはちなみに4つの大河は,ナイル,ガンジス,ラプラタ,ドナウであるらしい.それにしてもローマには噴水が多い.暑い夏を過ごすための清涼剤として作られたのだろう.
この広場は緑がないので,日陰を見つけないと長時間滞在するのは難しそうだ.我々も日陰を探して持参したおにぎりをほおばる.
広場を後にして,再び東に向かう.5分ほど歩き,Bar della Parma(バール・デッラ・パルマ)でジェラートを食す.ここのジェラートは種類豊富で,選ぶのが難しい.最小サイズが2.5ユーロで3種類のジェラートが楽しめる.この後,スペイン広場方面に向かい,探索終了.子供達には翌日の運動会の参考になっただろうか?
とにかくたくさんの人がぶらぶらしてる.さすがに人気のある広場だ.ここには3つの噴水がある.その中で最も大きいものが広場中心にあるFontana dei Fiumi(四大河の噴水)だ.17世紀の有名な芸術家のベルルーニによる作品.4つのリアルな人間の彫刻が中央のオベリスクを囲む.オベリスクはちなみに4つの大河は,ナイル,ガンジス,ラプラタ,ドナウであるらしい.それにしてもローマには噴水が多い.暑い夏を過ごすための清涼剤として作られたのだろう.
この広場は緑がないので,日陰を見つけないと長時間滞在するのは難しそうだ.我々も日陰を探して持参したおにぎりをほおばる.
広場を後にして,再び東に向かう.5分ほど歩き,Bar della Parma(バール・デッラ・パルマ)でジェラートを食す.ここのジェラートは種類豊富で,選ぶのが難しい.最小サイズが2.5ユーロで3種類のジェラートが楽しめる.この後,スペイン広場方面に向かい,探索終了.子供達には翌日の運動会の参考になっただろうか?
2010年5月24日月曜日
トレビの泉,パンテオン,ナボーナ広場(1)
ローマのブログを名乗っている割に,最近ローマのことを書いていない.仕事が本格的に始まって,平日はほとんど毎日朝から夕方まで出勤していて,ほとんど街に出ていないし,週末は二週間に一度はローマの外に出ているからだ.ローマの見所はいつでも見られると思っていたが,ちょっとは気合いを入れてあちこちを見ないと見切れないかもしれない.
そう思った訳ではないが,この週末,土曜日は子供達を連れてローマの中心部に出かけた.家内とは4月に買い出しや諸手続で結構街中に行っていたが,最近はご無沙汰だった.翌日曜日は日本人学校の運動会が予定されていて,余り遠くに行きたくなかったこともある.
子供達に「何を見たい?」と聞くと,「トレビの泉」や「パンテオン」の名が出てくる.運動会の組み体操でやるらしいのだ.やる前に実物を見るのもいいだろうということで,そのエリアに連れて行くことにした.
Fontana di Torevi(トレビの泉)はさすがに混んでいる.中央部は記念写真を取るのにも難儀する.トレビの泉は余りに有名だが,出来てから300年も経っていない,ローマの名所の中では新参者の存在だ.10年前は背を向けてコインを投げ入れる人をたくさん見た気がするが,今回と1ヶ月前の観察では,そんなにコインを投げている人をあまり見かけなかった.この泉の全景を写真に収めることは大変難しく,なかなかいい写真が撮れない.ここは泉の醸し出す涼しさをたっぷり満喫するに留めておだけで上等だろう.それにしてもあの物売りや物請いの存在だけは...あのピロピロ鳴るシャボン玉製造器は何とかならないものか.今度は夜に来てみたい.きっと光がきれいだろう.
次にPatheonに向かう.トレビの泉からはそんなに遠くない.ゆっくり歩いて10~15分程度だろうか.現存するパンテオンは紀元後118年にローマ帝国五賢帝の一人のハドリヌスが再建したもので,なんと1,900年が経過している.この人は遠征ばかりしていたように見えるが,こんなこともしていたのだ.言うまでもなくあのドーム構造,クーポラである.半球体の直径が43.3mだ.こんな巨大な物が建設機械も原始的だった当時に良くできたものだ.クーポラの頂上部は天窓が開いているので,光が差し込む.これがまた神秘的できれいだ.現在は,西側部分が修復工事中で外側は櫓が組んである.
パンテオンには,あのラファエロの墓がある.説明書き(英語有り)を読むと,150年くらい前に本当に遺体が入っているか確認作業があったらしく,きちんと発見されたようだ.よく開けてみるものだと思うが,その遺体が本当にラファエロかの保証はないだろう.この類のものはそのように思っていればよいのだ.
続きは次回.
そう思った訳ではないが,この週末,土曜日は子供達を連れてローマの中心部に出かけた.家内とは4月に買い出しや諸手続で結構街中に行っていたが,最近はご無沙汰だった.翌日曜日は日本人学校の運動会が予定されていて,余り遠くに行きたくなかったこともある.
子供達に「何を見たい?」と聞くと,「トレビの泉」や「パンテオン」の名が出てくる.運動会の組み体操でやるらしいのだ.やる前に実物を見るのもいいだろうということで,そのエリアに連れて行くことにした.
Fontana di Torevi(トレビの泉)はさすがに混んでいる.中央部は記念写真を取るのにも難儀する.トレビの泉は余りに有名だが,出来てから300年も経っていない,ローマの名所の中では新参者の存在だ.10年前は背を向けてコインを投げ入れる人をたくさん見た気がするが,今回と1ヶ月前の観察では,そんなにコインを投げている人をあまり見かけなかった.この泉の全景を写真に収めることは大変難しく,なかなかいい写真が撮れない.ここは泉の醸し出す涼しさをたっぷり満喫するに留めておだけで上等だろう.それにしてもあの物売りや物請いの存在だけは...あのピロピロ鳴るシャボン玉製造器は何とかならないものか.今度は夜に来てみたい.きっと光がきれいだろう.
次にPatheonに向かう.トレビの泉からはそんなに遠くない.ゆっくり歩いて10~15分程度だろうか.現存するパンテオンは紀元後118年にローマ帝国五賢帝の一人のハドリヌスが再建したもので,なんと1,900年が経過している.この人は遠征ばかりしていたように見えるが,こんなこともしていたのだ.言うまでもなくあのドーム構造,クーポラである.半球体の直径が43.3mだ.こんな巨大な物が建設機械も原始的だった当時に良くできたものだ.クーポラの頂上部は天窓が開いているので,光が差し込む.これがまた神秘的できれいだ.現在は,西側部分が修復工事中で外側は櫓が組んである.
パンテオンには,あのラファエロの墓がある.説明書き(英語有り)を読むと,150年くらい前に本当に遺体が入っているか確認作業があったらしく,きちんと発見されたようだ.よく開けてみるものだと思うが,その遺体が本当にラファエロかの保証はないだろう.この類のものはそのように思っていればよいのだ.
続きは次回.
2010年5月22日土曜日
AssisiとPerugiaに行く(5)
Priori宮の向かいは11月4日広場でPerugiaのシンボルである大噴水Fontana Maggioreがある.大と言うだけあって,本当に大きく見上げる感じだ.その向こうには大聖堂Cattedraleがある.いずれも白みがかった石造の建築物で,周辺都市と違って派手さはなく逆に好感が持てる.日曜日だったので大聖堂ではミサをやっていた.ちょっと場違いのところに来てしまったかなと思ったが,ちょっとだけ聞いてみる.
この街はAssisiと違って南北方向に長い丘の頂上部に展開しているようだ.11月4日広場から南に向かうとバスターミナルとなっているイタリア広場があり,その先は崖上に展開する見晴台がある.ここからの眺めはやはりお薦めだ.崖下にも見所が多い.崖下は鉄道駅(泊まったホテルの近くの駅とは違う)ともっと大きなバスターミナルがある.そこまでエスカレーターが連続的に整備されていて,便利だ.街路の雰囲気はAssisiと似たような感じだが,感動の度合いはAssisiに劣るかも知れない.
駅から今度は考古学博物館Museo Archeologicoに向かう.ここは駅から上りのエスカレーターを使い,その終点から少し行ったところのSan Domenico教会の隣にある.これもCard FでOK.中に入ると,イタリア中部地区の旧石器時代あたりからの発掘物や説明ポスターが多数展示してある.石造建築物の一部が廊下にごろごろ転がっているが,差異が分からないほど適当に並べてある.面白そうなのだが,いかんせん英語の解説が一切ないので,イタリア語が読めないとつらい施設だ.これも思ったより広い.美術館・博物館好きにはいい街だと思う.
ここまで回って昼をだいぶ回ったので,ランチにすることにした.天気も朝は曇っていたが晴れてきたので,表で食べることに.しかし,食事中雨が降り出す.やはり天候不順だ.この街の食事は期待しない方がいいかも.雨の中,今度は北に向かうと,やはり景色のいい見晴台がある.ここでこれ以上の探索は止めて,帰宅することに.
帰りは降り出した雨が一層激しさを増して集中豪雨の中のドライブとなった.それにしてもこの5月の天候はおかしい.AssisiとPerugia,もう一度機会があったら晴れた時に来たい.
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