2011年1月12日水曜日

雪化粧のSan Marino(2)

政庁前のLiberta広場から次に向かったのはRoccheと言われる塔を含んだ要塞空間だ.最初は第一の要塞であるGuaitaだ.ここまではきつくはないが緩やかでもない坂道を登って行かなければならない.その途中には商店も多く,やや賑わっている.Guaitaと第二の要塞であるCestaが両方入場できる割引共通券が購入できたのだが,間違ってGuaitaのみの入場券を買ってしまう.この時は6歳の次男ののみ無料.

ここからの眺めは最高だ.晴れてはいたが,残念ながら霞んでいたので,アドリア海を見ることが出来なかった.それでも十分絶景である.塔は恐がりの子供や女性は頂上まで行くのに恐怖を覚える箇所があるので要注意.

次にCestaに向かう.その間の道はちょっとしたアスレチックのようだ.階段を下った後は長いそれなりに急な上り坂が続く.Cestaの入場時,今度は大人のみの徴収である.この担当者によって判断が変わるところがイタリア的だ.Cestaは中世の軍事博物館を兼ねていて,これもそれなりの見所だ.ここからはGuaitaと第三の要塞であるMontaleが見え,またまた絶景だ.崖下に引きずり込まれそうな錯覚に陥る.

Montaleへのアクセスは大変そうだったので,ここであきらめて再び政庁広場方面に戻り,大聖堂を見学.ここは撮影禁止だったので記憶だが,白い内装を基調とした,なかなか立派な施設であったと記憶している.程なく夕暮れ時.中世の街並みは,その暗さで一層引き立っていたような不思議な感覚があった.

滞在は3時間余りだったが,これで十分楽しめる規模である.こちらでつかっているMichelinの緑本ガイドでは,これだけの眺望を持ちながらSan Marinoは一つ星であったが,実は長時間楽しむほどの規模ではないからなのかもしれない.

雪化粧のSan Marino(1)

翌28日は,朝からSan Marinoに向かうことに決めていた.Riminiからは30kmくらいで,車で40分もあれば到着する距離である.標高が700mくらいとやや高いので,天候が心配である.天気予報によれば28日は晴,確かに朝から晴れていたので,勇んでSan Marinoに向かうことにした.

Riminiからのアクセス道路は混雑もなく,順調に国境越え.もちろんゲートも何もないが,走っている車の大多数がSan Marino共和国のナンバーになる.麓の税関地区からくねくねした上り坂になる.これを5kmくらい進むとケーブルカーの駅に到着する.ケーブルカーに乗らなくても車で旧市街に登ることが出来たようだったが,路面凍結が怖いのでここからケーブルカーに乗ることにする.

駐車してケーブルカーの駅に向かう.しかしケーブルカーが動いている気配がないし,駅員も乗客もいない.不審に思い掲示を見てみると,「12/25~31は午後しか動いてない」と書いてある.San Marinoもイタリア流か,と溜息をつくが,仕方ないので一度ホテルに戻り出直すことにする.

午後2時半のケーブルカー始発に間に合うように,再度ケーブルカー駅に到着.しかし,何とケーブルカーは既に動いている.掲示を再びよく見ると,私のイタリア語の勘違いで,午後しか動かないのは25日と31日であった.せっかくのSan Marinoで時間を無駄にしてしまった.

気を持ち直してケーブルカーに乗車.これは素晴らしい景色が眺められるので,是非乗車を薦めたい.程なく旧市街側の駅に到着.そこから先は,一気に中世の香りがする街である.雪が残っているので,幻想的な雰囲気が楽しめそうだ.

最初に向かったのは政庁Palazzo Pubblico前のLiberta広場.全然人がいないと思ったのだが,想像以上に人が多い.それでも大変静かである.掘立小屋がたくさんあったので,Nataleまではマーケットが出ていて,少しは賑わっていたのだろう.この広場からの眺めはいきなり感動するが,それはちょっとした序章だ.

冬にRiminiに行ってみた

ようやく年末年始の旅行記を開始.先日書いた滞在許可証の審査を12/27の朝に済ませて,その足で車でRiminiに向かう.距離はL'Aquilaを経由してアドリア海に出てから北上,約400kmだ.

Riminiは夏のリゾート地として大変有名だ.何故冬に行ったのかというと,その近くのSan MarinoやRavennaに行きたかったからだ.夏の間は高額のリゾートホテルも冬ならば安いだろうという判断もあった.果たして,四つ星ホテルが家族四人で一泊何と90ユーロ未満.ホテルに室内プールが付いていて,朝食込みでこの値段である.大変ラッキー.

次の問題は,果たしてリストランテがオープンしているかどうかだが,結果から言うとこちらも問題なし.シーフードがリーズナブルな価格で食べられる.どこのレストランに行っても,メニューにロシア語が併記してあって,しかも店員が客とロシア語らしき言葉を話しているのを聞くと,冬でも極寒の地ロシアからの安定したリゾート需要があるのかもしれない.だが,Riminiの冬はそんなに暖かい訳ではなく,Romaよりは確実に寒そうだ.

Riminiの中心部は,かつての城壁に囲まれた,車両の乗り入れが極度に制限されている旧市街であるはっきり言えばイタリアによくある都市である.見に行ったのは27日夜であったが,まだクリスマスであるNataleの余韻を引きずっていて,街路に華やかなライトアップが施されていた.かつての皇帝アウグストゥスとティベリウスが建設したというPonte di Tiberioという石橋は,その当時のものがそのまま残されているのかは分からなかったが,なかなか美しい橋だった.残念なのは,歩道が狭いのに車の交通量がものすごいことか.ぼやぼや写真を撮っているときっと車に轢かれてしまう.

2011年1月10日月曜日

冬のバーゲン:アウトレット編

イタリアの新年と言えばバーゲン(イタリアではSaldiと言う)である.これは市ごとに初日と終日が決められている.2011年のローマは1/6の祝日が初日であった.

せっかくイタリアにいるので,多少はイタリアの高級品を手に入れて帰りたいのが人情だ.夏のバーゲンは暑いのとどうせ安い夏物衣類なので,個人的には余り興味がないのだが,冬は高い冬物衣類が安く買えるので興味ありありである.

1/7まで旅行に出かけていたので,1/8に早速バーゲン商戦に参戦することにした.バーゲン開始後最初の土曜日なので,恐らくどこも混んでいるだろう.ここで勝負を掛けないと,目を付けていた商品が売れてしまうかも知れない.

朝一番の客がどんなに遅くても夕方までには帰るだろうことを期待して,その頃にアウトレットに到着するように出かけることにした.最近,イタリアでも大都市周辺もアウトレットがものすごく増えているようだ.ローマ近郊では,北に50kmくらいのSoratte,南に30kmくらいのCastel Romano,東に40kmくらいのValmontoneが大きなものだ.私が狙っているブランドはValmontoneにしかないので,そこに向かうことにした.

Valmontoneのアウトレットは高速出口から5kmくらい走ったところにある.そのためか,高速出口渋滞は発生していなかった.ここには平日に数回来たことがあるのだが,いつも閑古鳥が鳴いていた.「そんなに混んでないのかな?」と思ったが,やはりそれは間違い.

アウトレットに近づくとやはり車列が出来ている.日本と違うのは,施設手前の道路に勝手に路駐して,徒歩で現場に向かう人が多いことだ.案の定,正規駐車場の入り口付近に来ると,駐車スペースは満杯,ハゲタカのように出庫を待つ多数の車,誘導しているが全く機能していない警備員,である.瞬間的に入り口をパスして,前面道路を少し行くと路駐できるスペースをいくつか発見することができ,躊躇なくそこに車を滑り込ませる.施設入口までは歩いて2分,超ラッキーだ.

早速中に入る.店舗によっては入場制限を掛けていたが,夕方だったせいもあるかもしれないが,芋を洗うような混雑とはほど遠く,快適にショッピングが楽しめそうで,一安心だ.結局,1時間強の滞在で目的を達成し,帰りもちょっとした渋滞だけで早々にローマに帰還.終わってみればもう少し混乱(特に交通の)を見たかった気もするが...

驚きのセルフガソリンスタンド in Bologna

1月5日,この日は冬休み後半の旅行のほぼ中日で,3泊したMilanoから2泊するFirenzeに移動する日だった.その途中で,まだ足を運んでいなかったBolognaに立ち寄ることにした.この様子はそのうち書くことになると思う(旅行記もなかなかに時間がかかるもので...).

今回の話題は,Bologna観光を終えてFirenzeに移動する途中で起きたちょっとしたハプニングである.その時のガスの残量では高速道路の途中で給油しなければならない状況だった.BolognaとFirenzeの間は約100kmで,山間地を通り抜ける(東名高速の大井松田-御殿場間のような線形が80kmくらい続く)ので,サービスエリアも少ないし,燃料も高めである.これは絶対Bologna市内で給油しておくべきだろう.

ディーゼル(ちなみにイタリアでディーゼル何と"Gasolio"と表記してある)の表示価格をチェックしながら,これまでに見送ったスタンドよりも結構安かった所に立ち寄る.今にして思うと安い理由があったのかもしれない.

有人サービスの給油スタンド前で車を停止させる.すると店員がいて,「午後3時まで休みだから,セルフでやってくれ」と言われる.「こんな所まで昼休みがあるのか」と思いながら,仕方なくFai da te(英語でいうとDo it yourself)のスタンドに動かして,給油開始.セルフはスタンドによって入金・返金方法,入金が先か後かが全然統一されていないので,今回もややまごついていると,その店員が,「先にお金を入れるんだ」と教えてくれる.

満タンにすべく50ユーロ2枚を投入し(ちなみにイタリアではディーゼルがリッター1.3ユーロ,無鉛ガソリンで同1.4ユーロくらいだ),いざ給油開始.すると,満タンにならないうちに途中でそれ以上給油できなくなる.このようなトラブルはまず原因は不明だ.仕方ないので,給油ノズルをスタンドに戻す.

今度は返金方法が分からない.すると店員がやって来て,「あそこにレシートが出てるから,これをレジに持って行ってくれ」と教えてくれる.レジのある小屋を見ると閉まっている.何と「午後3時にならないと開かないよ」と言うではないか.時計を見ると午後2時40分だ.数ユーロくらいなら捨ててしまうところだが,70ユーロ近いお釣りなので,是が非でも受け取らなければならない.

結局,予定よりも10分早く店を開けてくれたので10分のロスで済んだ.しかし,これが昼休みに入った直後くらいの時間の出来事だったら,2時間は待つことになるところだった.イタリアのセルフスタンド,ここもやはり一筋縄ではいかない.

2011年1月8日土曜日

またまたボイラー故障

12月30日,前半の冬休み旅行から帰ってきた.二度の不調から復活したボイラーが三度目のダウン.4日間空けていた我が家は暖房も付かず底冷え,シャワーも入れない.

いままでと違うのは,ボイラー下の床が水浸しであることだ.こちらのボイラーは,水圧をかけないとガスに着火せずお湯が沸かないので,水圧を一定以上に保つことがお湯を使う要諦なのであるが,水漏れで水圧がうまくかからないのだ.前回,水圧が低下したら回すようにと教えられたつまみもなぜか回らない.恐らく水が凍っていたのかもしれない.

翌日の大晦日,無理を言ってテクニコに来てもらう.「今日は応急処置だけ.抜本修理は年明けに」ということなった.それにしても彼がつまみを回すと,いとも簡単に回るのだ.水漏れは続いていたが,水圧は元通りに戻った.再び,「水圧が低下してきたら,つまみを回して水圧を上げるように」という指導を受ける.

昨日,今度は5日も家を空けたので,水漏れで水圧がものすごく下がっていた.床は相変わらずビショビショだ.それでも今度は自力でつまみを回すことが出来,無事水圧が復活,事なきを得た.

それにしても,この事態でも大家は機器の更新を全く考えていないようだ.週明けに抜本修理をしてくれるらしいのだが,どうなることやら.まだまだ安心できない冬である.

ようやく同行家族の滞在許可証申請が受理される

新年最初の更新は,年末年始と旅行に出ていたのでもうすっかり過去の出来事になった,例の滞在許可証申請の話である.

12月27日の朝,ついに三度目の出頭である.一度目は郵便局から送ったはずの申請書類を紛失され,二度目は子供を連れて行かなかったので,それぞれ審査が行われなかった.自分自身の滞在許可証申請と併せて四度目.いつ行ってもあの異様な雰囲気にげんなりする.

今回は9時前に現場に到着.すると入口が閉ざされたままで,まだ審査が始まっていないみたいだ.そばにいる他の申請者達もいらつきを見せていて,係員が見える度に「いつ始まるの?」という感じの質問を投げかけている.

9時半くらいだったか,ようやく「小さい子供がいる人達はどうぞ」というアナウンス.今回は子供を同行しているので,このタイミングですんなり入場.私がくっついていっても何の呼び止めも無し,最初からラッキーだ.イタリアでは本当に子供の力は絶大である.

そこから15分くらい待っただろうか,我々の番が回ってきた.ここで年末最後に最大級のラッキーが訪れる.今回の審査員が前回と同じ人だったのだ.前回は,紆余曲折はあったが,「書類は完璧,後は子供を連れてくるだけで受理できる」という結果だったが,そのことも彼は覚えていた.「あの時のSignola(奥さん)か」という反応だった.

家内は指紋をきちんと採られたが,子供達は証明写真の登録だけだ.途中で私に対して,「あなたはどのカウンターで審査を受けた?」と聞いてきた.「うーん,たぶんあそこかあそこかな?」と答えたが,いずれも間違いで正解はさらにその隣だった.申請者の情報が端末間で共有されていないのかと思わず呆れる.

そんな小さいなハプニングもあったが,15分くらいで審査と情報入力が完了.「2ヶ月後に○○の警察署で発行される」ということらしい.しかし,私の時と違って携帯番号を聞かれていない.私の携帯に連絡が入るのか,いちいち警察署に行って発行されているのか確認しないといけないのか,不明である.9月下旬に受理された私の申請も,まだ滞在許可証を引き渡すというSMSでの連絡は今日現在いっさいない.

これでようやく合法滞在に近づいた.