何度も書くが,滞在が残り少なくなってきた.さすがにものすごく焦っている.「ほとんど知られていないイタリアの交通事情を調べてきます」と言って出国してきたが,あまり調べているとは言えない状況だ.
11月末に,日本大使館や現地企業の方々で構成している産業研究会に講師としてお呼ばれしたので,イタリアと日本,ローマと東京を統計データで比較して,それらの交通システムのマクロ的な特性を探るような話題を提供した.その準備の時に,日本の国土交通省に相当するイタリアのインフラ運輸省のホームページを,目を皿にして政策や施策の状況を閲覧しまくったのだが,情報はほとんどイタリア語だし,情報そのものがあまり公表されていないので,大変難儀をした.
関係各位が私がイタリアに滞在していることを知っているので,多数の原稿執筆依頼が入り込んでいる.少しはヒアリング調査でもかけないと満足な原稿が書けそうにないないので,12月上旬に,大使館に協力を依頼して,インフラ運輸省の政策担当者にヒアリング調査の依頼をかけることにしたのだった.
各種調整の結果,1/13に最初のヒアリング調査を行うことになった.壁になったのは言語である.今日現在までに4部局にヒアリングをかけたのであるが,そのうち3つは「英語が出来ないので通訳を付けて欲しい」とのこと.仕方ないので通訳を用意してヒアリングに臨む.
通訳付きのヒアリングは,こちらも気分が楽なのだが,時間がかかるのが難点だ.担当者もせいぜい2時間付き合ってくれるのが限度.こちらが尋ねたいこととは違う内容を話し出すこと多々あるので(イタリア人はしゃべりたいことだけをしゃべる傾向にあるかも?),ヒアリングのコントロールに大変難儀することになるのだ.
ただ,このようなことは事前に想定できたので,後で裏を取るために,「もし対応する文献があれば,イタリア語のみでも全然構わないので,それをご提供頂ければここでコメント頂かなくても結構なのですが」と常にお願いしている.それでも多くのケースで,「適切な資料は存在しない」と言われてしまうのだった.そんなわけでヒアリング調査は進んでいるが,肝心の有益な情報が取れているのかどうか,大変心配な状況だ.はぁ,どうしよう.
ヨーロッパの政策や施策の先進事例を調べるために,これまでに何度もヨーロッパ各国でヒアリング調査を実施してきている.しかし,イタリアは今回が初めてだ.これまでにも何回か調査の依頼をしたことがあるのだが,全部無視されてきたのだった.他国の担当者は大抵きちんと対応してくれるので,そのギャップに不自然さを感じていた.無視される理由の大部分は,英語で対応できないから無条件ではねつけられていただけかも知れないと,今回改めて感じた.
また,「あなたの国の政策を是非知りたいです」といってくる研究者や実務者がアポを取ってきた時に,全力を挙げて対応するのが国際的な常識だと思っているのだが,どうもイタリアは「他国に自国をいいと思って欲しい」,「他国がどうなっているか状況を知りたい」といった感覚に欠けている印象が強いと感じる.「周辺諸国と比べた時のイタリアの政策の特徴は?」と尋ねても,「他国の状況は知らないのだが」と言われることが多いのだ.
私,仕事の都合で1年間弱ローマに滞在することになりました.今までブログをやっている時間はまったくと言っていいほどなかったのですが,この際ローマで経験したことを記録として残しつつ,現地の最新情報を提供できればと考え,初めてブログに手を出してみました.
2011年1月31日月曜日
世話になったClioとお別れ,そして新しいClioとご対面
1/12は,夏から160日間の契約で使用していたClioを返却する日だった.使用開始後三日後にして窓ガラスを割られ,一ヶ月前はタイヤのパンクで三週間ほど遠出を阻まれた以外は,目立ったトラブルもなくこの日を迎えたのだ.
総走行距離は約8,000km.シチリアやトリノまで足を運んだ努力の結果である.パンクのトラブルがなければもう1,000kmくらいは走っていたかも知れない.本当に元気に活躍してくれた.お陰でこちらでの生活が格段に豊かになった.感謝の気持ちで一杯である.
返却は受け取り場所と同じ場所だ.事前に返却時刻を調整して,日本人らしく定刻に現場に到着.担当者が車の状態をチェックして,いくつかサインして返却手続きはあっけなく終了だ.センチメンタルな気分に浸れないほど短い.
今度はその日からお世話になる後継車の受け取り作業だ.RenaultのEurodriveでは同一個人が年間最大160日間しかレンタルすることが出来ないので,今度の車は家内の名義にしてある.もちろん名義上だけで,運転者は私.
今度のClioは排気量は同じだが,スポーティー仕様ではなくなっている.変速も5速まで,タイヤは”特殊”ではなく普通のものである.クラッチも以前のと比べると柔らかくてぺこぺこだ.ボディー色はガンメタリックからシルバーになった.地味だが汚れが目立たないのがいい.帰国まで70日間の契約,費用は19万円くらいだったと思う.今度の返却は何と”パリ”を予定している.
総走行距離は約8,000km.シチリアやトリノまで足を運んだ努力の結果である.パンクのトラブルがなければもう1,000kmくらいは走っていたかも知れない.本当に元気に活躍してくれた.お陰でこちらでの生活が格段に豊かになった.感謝の気持ちで一杯である.
返却は受け取り場所と同じ場所だ.事前に返却時刻を調整して,日本人らしく定刻に現場に到着.担当者が車の状態をチェックして,いくつかサインして返却手続きはあっけなく終了だ.センチメンタルな気分に浸れないほど短い.
今度はその日からお世話になる後継車の受け取り作業だ.RenaultのEurodriveでは同一個人が年間最大160日間しかレンタルすることが出来ないので,今度の車は家内の名義にしてある.もちろん名義上だけで,運転者は私.
今度のClioは排気量は同じだが,スポーティー仕様ではなくなっている.変速も5速まで,タイヤは”特殊”ではなく普通のものである.クラッチも以前のと比べると柔らかくてぺこぺこだ.ボディー色はガンメタリックからシルバーになった.地味だが汚れが目立たないのがいい.帰国まで70日間の契約,費用は19万円くらいだったと思う.今度の返却は何と”パリ”を予定している.
ついに指圧を受ける
1/11,この日は朝から頭痛がしていた.原因は分かっていて,肩から首にかけての凝りによる血行障害である.ノートパソコンによるデスクワークが増えてくると発生する持病のようなものだ.
こんな時,ここローマでも指圧を受けることが出来るらしい.以前に書いた日本人学校のバザーにも,指圧が出展していたのでその存在は知っていたし,日本人会の会報にもローマ指圧センターの広告が出ていたのを確認していた.しかも技師は日本人であるので安心だ.
この日の頭痛で,ついに指圧センターに世話になることに決めた.電話をかけると日本人技師が出てくれて,日本語でアポを取り,夕方5時に診療所に来るように指示を受ける.
この診療所は,何のことはないマンションの一室である.住所からこのマンションの場所を特定するのが難しく,その近くで10分くらい歩き回って,ようやく診療所の入った建物を発見.指定時刻から5分を過ぎているが,まあイタリアだからこのくらいは遅刻のうちに入らない.
早速技師に面会.もう二十年くらいもローマで指圧を開業しているらしい.奥さんはイタリア人のようだ.体格がいいので,きっと力強い本格的な指圧が受けられるのだろうと期待したが,果たしてその通り.1時間の施術後に,(慢性的なので完全には直らないが)施術前よりは格段に首と肩の筋肉が柔らかくなった自分がいた.料金は日本人価格で10ユーロ割引の50ユーロ,破格だと思う.
こんな時,ここローマでも指圧を受けることが出来るらしい.以前に書いた日本人学校のバザーにも,指圧が出展していたのでその存在は知っていたし,日本人会の会報にもローマ指圧センターの広告が出ていたのを確認していた.しかも技師は日本人であるので安心だ.
この日の頭痛で,ついに指圧センターに世話になることに決めた.電話をかけると日本人技師が出てくれて,日本語でアポを取り,夕方5時に診療所に来るように指示を受ける.
この診療所は,何のことはないマンションの一室である.住所からこのマンションの場所を特定するのが難しく,その近くで10分くらい歩き回って,ようやく診療所の入った建物を発見.指定時刻から5分を過ぎているが,まあイタリアだからこのくらいは遅刻のうちに入らない.
早速技師に面会.もう二十年くらいもローマで指圧を開業しているらしい.奥さんはイタリア人のようだ.体格がいいので,きっと力強い本格的な指圧が受けられるのだろうと期待したが,果たしてその通り.1時間の施術後に,(慢性的なので完全には直らないが)施術前よりは格段に首と肩の筋肉が柔らかくなった自分がいた.料金は日本人価格で10ユーロ割引の50ユーロ,破格だと思う.
ローマ日本人会の新年祝賀会
多忙に付き更新が追いつかないのでもう古い話になっているが,1/9にローマ日本人会の新年祝賀会なるものに出席した.毎年の恒例だそうで,私は今回一回しか参加できないので,参加してみることにしたのだった.
場所は日本人学校の体育館.参加者(百何十人だったかな?)の大半は日本人であるが,イタリア人も十名くらいはいただろうか.大使館公使のご挨拶,理事の紹介等の儀式を粛々とこなし,日本らしく鏡割りも行い,乾杯して宴会スタート.
これも日本らしく寿司が大量に並んでいて,鏡割りした日本酒と共に食すと,つかの間だが日本を思い出す.学校の先生方や関係者,大使館員や企業で知り合った方々と談笑し,冬休みのアクティビティーを自慢し合う.
この祝賀会の目玉は,出席者のほとんどが当たる景品の抽選会.企業などから景品が提供される.今年は参加人数が例年より少ないらしく,全員当たりがでるようで,何が当たるか楽しみだ.
結局,私が当たったのは三十人に当たる日本酒だった.景品には「ロンドン往復航空券」や「日本往復航空券」,「タイヤ四本セット(某B社の提供)」という,当たってしまうと扱いに困るものがあって,これらに当たってしまわないでホッとする.なぜか,Rimowaのスーツケースが多数景品となっていたのだが,せっかくだからドイツではなくイタリアの旅行カバンにならないものかと苦笑する.
祝賀会は二時間もしないで無事終了.何はともあれ,一日くらいは日本を感じることが出来てよかったと思う.
場所は日本人学校の体育館.参加者(百何十人だったかな?)の大半は日本人であるが,イタリア人も十名くらいはいただろうか.大使館公使のご挨拶,理事の紹介等の儀式を粛々とこなし,日本らしく鏡割りも行い,乾杯して宴会スタート.
これも日本らしく寿司が大量に並んでいて,鏡割りした日本酒と共に食すと,つかの間だが日本を思い出す.学校の先生方や関係者,大使館員や企業で知り合った方々と談笑し,冬休みのアクティビティーを自慢し合う.
この祝賀会の目玉は,出席者のほとんどが当たる景品の抽選会.企業などから景品が提供される.今年は参加人数が例年より少ないらしく,全員当たりがでるようで,何が当たるか楽しみだ.
結局,私が当たったのは三十人に当たる日本酒だった.景品には「ロンドン往復航空券」や「日本往復航空券」,「タイヤ四本セット(某B社の提供)」という,当たってしまうと扱いに困るものがあって,これらに当たってしまわないでホッとする.なぜか,Rimowaのスーツケースが多数景品となっていたのだが,せっかくだからドイツではなくイタリアの旅行カバンにならないものかと苦笑する.
祝賀会は二時間もしないで無事終了.何はともあれ,一日くらいは日本を感じることが出来てよかったと思う.
2011年1月26日水曜日
塔の街San Gimingano
翌1/7,夜にローマで来客と食事をする予定になっていた.朝フィレンツェのホテルをチェックアウト.途中でまだ足を運んでいない周辺のメジャーな街として,LuccaとSan Gininganoがあった.Luccaだとローマから遠ざかってしまうので,今回はSan Giminganoに行くことにしたのだった.
フィレンツェからは車で1時間もかからない.早々にSan Giminganoに到着.城壁外の大型駐車場に車を泊めて,徒歩で旧市街中心部へ向かう.この街は,最盛期には70本の塔が建設されていたのだが,現在はそのうち20%の14本が残されている.
結論から言うと,ここでは一切の施設に入らず,目抜き通りを散策しながら林立する塔を眺めて一時間もせずに観光を終了した.塔も,ボローニャの斜塔やフィレンツェのGiottoの鐘楼を見た後なので,高さも今ひとつの感だ.それでも密集しているので,少し離れた所からの眺めはユニークだろう.
ここからローマまでは約300km,直行すれば3時間もかからない距離である.午後3時頃にはローマに到着.
街の大きさは南北1km,東西500mといったところなので,全て徒歩で済ますことが可能だ.ただし,中部イタリアの都市と同様に,坂が多いので要注意だ.
ここからローマまでは約300km,直行すれば3時間もかからない距離である.午後3時頃にはローマに到着.
再びフィレンツェへ
1/5夕方にフィレンツェ郊外の四つ星ホテルにチェックイン,夜は有名レストランで牛肉と赤ワインを堪能.トスカーナは本当に食事が美味しい.
翌1/6は,10月にフィレンツェを観光した時に行けなかった施設をつぶすことにした.子供達が「前回登らなかったからGiottoの鐘楼に登りたい」と言っている.これはDuomoの脇にあり,そのクーポラより少し低い高さまで登ることが出来る.前日もボローニャで塔に登っているし,正直言って辟易していたのだが,子供達のごり押しに負けて,登頂を決意する.この日は年に数日しかないクーポラが休みの日なので,混雑しないうちに朝一番で最初に登っておくことにしたのだ.
この鐘楼も400段以上ある.途中に踊り場が三箇所くらいあったと思うが,それぞれで小休止して頂上を目指す.途中で鐘が鳴り,そのものすごい音量にびっくりしたがやはり感動するものである.踊り場の一部に大きな穴が空いていて,そこに金網が張ってある.そこから下を見ると,少し足がすくむ.階段の歩幅が狭いので,螺旋階段部分は非常に歩きづらいので要注意(下りは足も疲れているし,転びそうで怖い).
やがて頂上に到着.ここの眺めもクーポラに引けを取らない.しかも,誰もいないクーポラという珍しい写真も取ることが出来た.
次に向かったのはAcademia美術館だ.ここはミケランジェロのダビデ像が有名だ.このコピーは市内二箇所で既に見ているが,今回はようやくオリジナルを見ることが出来た.実物は想像以上に大きくてびっくりする.ガイドブックに載っているこの手の作品の写真は,そのスケールを感じることが出来ない.
次に,前回は休館日だったPitti宮.ここは美術館コースと庭園コースを選ばなければならないが,もちろん美術館コースだ.美術館では,たまたまカラバッジョ展も同時に見学することができた.美術は明るくないが,そんな私でもカラバッジョの作品は素晴らしいと感じる.難点は,子供に見せるには絵の内容がえぐい(ナイフで切り落とした生首を持っている絵など)ことか.
美術館に来たかった理由は,内部のPalatina美術館にあるラファエロの「小椅子の聖母」を見たかったからだ.長い見学コースの終わりの方でご対面.想像通り,これまでたくさん見てきた聖母子の絵の中では,一番映えて見えたので感激.
夜はホテル近くのレストランで,やはりトスカーナ料理を堪能.あと二ヶ月を切った滞在でもう一度このエリアに来たいのだが...
翌1/6は,10月にフィレンツェを観光した時に行けなかった施設をつぶすことにした.子供達が「前回登らなかったからGiottoの鐘楼に登りたい」と言っている.これはDuomoの脇にあり,そのクーポラより少し低い高さまで登ることが出来る.前日もボローニャで塔に登っているし,正直言って辟易していたのだが,子供達のごり押しに負けて,登頂を決意する.この日は年に数日しかないクーポラが休みの日なので,混雑しないうちに朝一番で最初に登っておくことにしたのだ.
この鐘楼も400段以上ある.途中に踊り場が三箇所くらいあったと思うが,それぞれで小休止して頂上を目指す.途中で鐘が鳴り,そのものすごい音量にびっくりしたがやはり感動するものである.踊り場の一部に大きな穴が空いていて,そこに金網が張ってある.そこから下を見ると,少し足がすくむ.階段の歩幅が狭いので,螺旋階段部分は非常に歩きづらいので要注意(下りは足も疲れているし,転びそうで怖い).
やがて頂上に到着.ここの眺めもクーポラに引けを取らない.しかも,誰もいないクーポラという珍しい写真も取ることが出来た.
次に向かったのはAcademia美術館だ.ここはミケランジェロのダビデ像が有名だ.このコピーは市内二箇所で既に見ているが,今回はようやくオリジナルを見ることが出来た.実物は想像以上に大きくてびっくりする.ガイドブックに載っているこの手の作品の写真は,そのスケールを感じることが出来ない.
次に,前回は休館日だったPitti宮.ここは美術館コースと庭園コースを選ばなければならないが,もちろん美術館コースだ.美術館では,たまたまカラバッジョ展も同時に見学することができた.美術は明るくないが,そんな私でもカラバッジョの作品は素晴らしいと感じる.難点は,子供に見せるには絵の内容がえぐい(ナイフで切り落とした生首を持っている絵など)ことか.
美術館に来たかった理由は,内部のPalatina美術館にあるラファエロの「小椅子の聖母」を見たかったからだ.長い見学コースの終わりの方でご対面.想像通り,これまでたくさん見てきた聖母子の絵の中では,一番映えて見えたので感激.
夜はホテル近くのレストランで,やはりトスカーナ料理を堪能.あと二ヶ月を切った滞在でもう一度このエリアに来たいのだが...
ボローニャでも”お上りさん”
1/5は次の宿泊地であるフィレンツェに移動.その途中でボローニャに立ち寄ることにした.ミラノからは200km,高速を飛ばせばわずか2時間だ.しかし,中心地である歴史地区近辺の駐車場に向かうのにやや苦労した.高速インターから駐車場マークの指示通りに走行したが,同じ所をぐるぐる回る羽目に陥った.どうもイタリアの大きな街の駐車場誘導はなってない.
何とか大規模駐車場を見つけて駐車完了.そこはたまたま8月8日広場だったので,旧市街ど真ん中の市庁舎までは歩いて1kmもない.早速市庁舎エリアに向かう.Indipendenza通りを南に進んで行ったが,赤茶けた街並みが展開し,そこに上品なワインレッドのバスが行き来していて,その色の選択に感激.
程なく市庁舎に到着,早速内に入る.そこは図書館などの公共施設があって,外装は中世だが内装は近代的で,なかなか美しい.わずか数分なので立ち寄ることを薦める.次に向かったのは市庁舎側のSan Petronio聖堂だ.これは外観が未完成である聖堂として有名だ.しかし,改修工事中で肝心の外装は幕に包まれていてガッカリ.私は著名観光施設を訪れると工事中であることが多いのだが,その面目躍如と行ったところ.
次に向かったのは,聖堂から5分くらいの所にあるSant Stefano教会群だ.様々な建築様式が合わさって出来たものらしく,回廊もきれいそうなので是非見たかったのだが,残念ながら閉場時間を過ぎていた.ガイドブックでは12時半までと書いてあっても,行ってみると12時終了であることがこれまでも多かったので,うかつだった.
仕方ないのでここでランチ休憩.有名レストランで名物のボロネーゼを堪能してから,いよいよ斜塔である.市庁舎から300mくらいの所にあって,二本の塔が林立している.そのうち片方は傾いていて登れない.もう一方の高い塔はもちろん登頂可能だ.我々も,一昨日のミラノDuomoに引き続き,再度お上りさんに.
この塔は約500段の階段を昇らなければならない.中空の塔の内壁に付いている木製の階段を延々と昇る.途中で五箇所くらい踊り場があって,そのせいでどこが終点か推測できないのだ.降りる途中ですれ違った人達に,「まだ半分だ」などど教えてあげると絶望的な表情を見せる.
元気な子供達にくっついていって,無事登頂完了.ここからの景色は,スケールは違うが,フィレンツェのDuomoのクーポラから見る景色に近い.赤茶けた屋根が統一感を持って続いている様子は圧巻である.
ここでボローニャ観光を終了,フィレンツェに向かうことにした.
何とか大規模駐車場を見つけて駐車完了.そこはたまたま8月8日広場だったので,旧市街ど真ん中の市庁舎までは歩いて1kmもない.早速市庁舎エリアに向かう.Indipendenza通りを南に進んで行ったが,赤茶けた街並みが展開し,そこに上品なワインレッドのバスが行き来していて,その色の選択に感激.
程なく市庁舎に到着,早速内に入る.そこは図書館などの公共施設があって,外装は中世だが内装は近代的で,なかなか美しい.わずか数分なので立ち寄ることを薦める.次に向かったのは市庁舎側のSan Petronio聖堂だ.これは外観が未完成である聖堂として有名だ.しかし,改修工事中で肝心の外装は幕に包まれていてガッカリ.私は著名観光施設を訪れると工事中であることが多いのだが,その面目躍如と行ったところ.
次に向かったのは,聖堂から5分くらいの所にあるSant Stefano教会群だ.様々な建築様式が合わさって出来たものらしく,回廊もきれいそうなので是非見たかったのだが,残念ながら閉場時間を過ぎていた.ガイドブックでは12時半までと書いてあっても,行ってみると12時終了であることがこれまでも多かったので,うかつだった.
仕方ないのでここでランチ休憩.有名レストランで名物のボロネーゼを堪能してから,いよいよ斜塔である.市庁舎から300mくらいの所にあって,二本の塔が林立している.そのうち片方は傾いていて登れない.もう一方の高い塔はもちろん登頂可能だ.我々も,一昨日のミラノDuomoに引き続き,再度お上りさんに.
この塔は約500段の階段を昇らなければならない.中空の塔の内壁に付いている木製の階段を延々と昇る.途中で五箇所くらい踊り場があって,そのせいでどこが終点か推測できないのだ.降りる途中ですれ違った人達に,「まだ半分だ」などど教えてあげると絶望的な表情を見せる.
元気な子供達にくっついていって,無事登頂完了.ここからの景色は,スケールは違うが,フィレンツェのDuomoのクーポラから見る景色に近い.赤茶けた屋根が統一感を持って続いている様子は圧巻である.
ここでボローニャ観光を終了,フィレンツェに向かうことにした.
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